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第154回 きっぷコレクション その6 「東京駅開業70周年記念入場券」 昭和59年

第154回はシリーズ「きっぷコレクション」から「東京駅開業70周年記念入場券」をお送りします。
国鉄時代の昭和59年(1984年)12月20日、タイトル通り開業70周年を迎える東京駅の記念入場券として発売されたものですが、よくある短冊形の絵入り記念きっぷと違ったある特徴がありました。

筒状の収納袋に入った「東京駅開業70周年記念入場券」
収納袋に入った東京駅開業70周年記念入場券
収納袋には「東京駅開業70周年記念」「国鉄東京南鉄道管理局」の記載

販売形態は写真のような筒状のビニールの収納袋に入ったポスターのような状態。
直径は約60mm、長さは約305mmという購入後保管に気を使う微妙なサイズで、実際持て余し気味でアルバムに入れられる訳もなく約35年に渡って放置していたものでした。


「東京駅開業70周年記念入場券」おもて面 S59.12.20
東京駅開業70周年記念切符_表
◆ EPSON GT-X800でスキャン (※画像をクリックすると原寸大画像がご覧になれます)

しばらくぶりに収納袋から出した記念入場券は経年によるシミや折れがあり筒状に保管していた影響か平面性が失われ若干残念な状態に。
広げてみるとサイズは約780mm x 255mmという横長のポスターのような状態で、当時日本一大きい記念きっぷとして話題になったようです。
全面に渡って開業当時の東京駅を描いたまさに絵巻物のような形で、右下には「東京驛開業當時之圖」(東京駅開業当時の図)と記され、左側には大人普通入場券(120円)x4枚+子供普通入場券(60円)x2枚がセットされ額面は600円となっています。(販売価格が600円だったか定かではありません)
昭和59年12月1日の日付が印刷されているのでこの日から発売になったのでしょう。
(昭和60年1月10日までの間に一回限り有効)


「東京駅開業70周年記念入場券」うら面 S59.12.20
東京駅開業70周年記念切符_裏
◆ EPSON GT-X800でスキャン (※画像をクリックすると原寸大画像がご覧になれます)

裏面はというと、東京駅開業の大正3年12月20日(1914年)から70周年を迎える昭和59年12月20日(1984年)までの「東京駅の歴史」「おもな出来事」「歴代駅長」をまとめた年表とそれに関する5枚の写真で構成されています。

東京駅のあらまし

 緑濃き常磐の松と、美しい皇居に向かって、「ルネッサンス式」赤レンガの東京駅が三菱ヶ原に出現してから70年の歳月が経った。
 この間、関東大震災、戦災、戦後の復興期、八重洲側本館の完成、新幹線時代の幕開け、地下駅の開業などがあった。異国情緒的で美しかったシンボルのドームは失ったが、東京駅は今も「国鉄の顔」として、1日約2,700本の列車の発着と約140万人の方々にご利用いただいている。



引用した「東京駅のあらまし」にあるとおり、戦災によって失われた特徴的なドームは再建されず、3階建てだった駅本屋は昭和22年3月に2階立てとして復元。
この記念入場券を購入した当時も開業時の姿に復元すべしといった意見もちらほら聞いた気もしますが、赤字が問題視されていた当時の国鉄では復元は無理だろうというのが大半の意見だったと思います。

しかし国鉄からJR東日本へ継承された東京駅は、その後の平成19年(2007年)5月から約5年の歳月をかけて平成24年(2012年)10月に創建当時の姿に復元されたのはみなさんご存知のところですね。
この記念きっぷを購入した当時はこんな時が来るとは想像もできませんでしたから大変驚いたものです。



さて、今回公開した「東京駅開業70周年記念入場券」ですが、上に掲載した「おもて・うら」の画像をクリックしていただくと150dpiの原寸大画像をご覧いただくことができます。(透かし入りです)
横幅78cmにもなる大きな印刷物を原寸大でデジタイズするというと、専門のスキャン業者に大サイズスキャンしてもらうというのが品質面では有利となりますが、さすがにブログ掲載程度の目的でそんな大金を使うことはできません。
デジタルカメラで撮影するといった方法も考えられますが、周辺減光や歪み、解像度が足りないことを考えると選択肢からは外れますね。

で、今回はどのようにして原寸大デジタル画像を作ったか?というと、手持ちのA4スキャナーで一枚あたり5分割してスキャン、フォトショップで合成処理をするという手段を使いました。
各画像バラバラな角度を調整したり、分割スキャンした各画像の両端の色味が若干変化することもあり合成処理に手間がかかるため誰にでも簡単にできる作業ではなく、一枚ものとしてスキャンしたデータに比べれば品質面で劣る部分があるのは仕方なしといったところ。
高解像度での処理が必要な印刷物なら別ですが、Webでの掲載に使うならこの程度の品質でも十分でしょう。



ちなみにこの記念入場券はいつ買ったのか?記憶が定かではありませんでしたが、過去のブログ記事を探してみると、
第18回 国電フリー乗車券で撮り鉄 上野駅ほか 昭和59年」の回が昭和59年12月9日だったようで、国電フリー乗車券にどれだけ鋏を入れられるかチャレンジをした時だったようですね。

国電フリーきっぷ591209表
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第153回 2003年の大崩海岸 旧石部隧道 その2 平成15年

前回に引き続き2003年の正月に訪問した、静岡県の大崩海岸「旧石部隧道」の様子です。
正月早々の曇天の早朝に訪れた大崩海岸。
この時の訪問では友人との二人での訪問でしたが当時足を負傷していた友人は車に残り、一人での撮影は不安感の漂うものでした。


静岡県静岡市 大崩海岸 崩壊した東海道本線旧線路盤跡
200301大崩海岸_07
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 20mm F2.8D

半分崩れ落ちた旧石部隧道の抗口を後にして、ほぼ消失しかかった旧路盤跡の中間地点までやってきました。
見えている範囲の波打ち際まで路盤があったと思われますが、数十年のうちに数メートルの高さがあったであろう路盤は波に削り取られてしまったようです。


静岡県静岡市 大崩海岸 崩壊した東海道本線旧線路盤跡
200301大崩海岸_08
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 50mm F1.4D

さらに進んでみると崩れ落ちた法面のコンクリートの塊が見えてきました。
まだかろうじて残っている路盤より上側の法面も、崩れ落ちてくるのは時間の問題なのでしょう。
こんな姿を前にしてしまうとこれより先に一人で進むのは危険と判断。
引き返すことにしました。


静岡県静岡市 大崩海岸 崩壊した東海道本線旧線路盤跡
200301大崩海岸_09
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 20mm F2.8D

振り返ってここまでの道のりを見てみます。
これだけの巨大な石垣やコンクリートの塊を崩壊させる波の力を見せつけられると不安感しかありません。
早朝の曇天模様がそれを助長させ、足早に撮影をしつつの撤退となりました。


静岡県静岡市 大崩海岸 崩壊した旧石部隧道抗口
200301大崩海岸_10
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 85mm F1.8D

よく見る構図で撮影した旧石部隧道の抗口。
こうやってみると崩れた路盤上に育った木の高さからも長い年月を経てきたことで、それなりの高さがあった路盤が波による侵食で綺麗さっぱり洗い流されているのがよくわかります。


静岡県静岡市 大崩海岸 崩壊した東海道本線旧線路盤跡から見る伊豆半島
200301大崩海岸_11
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 85mm F1.8D

帰り際にふと海の方を見てみると、はっきりしなかった西伊豆の山並みがシルエットで見えてきました。
晴れた日中ならまた違ったイメージに見えるんでしょうが、このシチュエーションではそんな呑気なことは言ってられません。
この時のそんな感情がこのコマを撮影させた動機だったのでしょう。


静岡県静岡市 大崩海岸 東海道本線 旧石部隧道付近
200301大崩海岸_12
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 85mm F1.8D

ここまで戻ってようやく旧石部隧道の後ろに目指す海上橋が見えてきました。
駿河湾とはいえ、太平洋に面した外海なんですよね。
普段東京湾ぐらいしか見ることのない地域に住んでるため、外海はなんとなく怖いイメージあるし、ましてや逃げ場所のない断崖絶壁ですから恐怖心しかありません。
開通当時は今と違って路盤から続く砂浜も広かったんでしょうが、それにしても外海の波に直接洗われる環境の場所に日本の大動脈ともいえる東海道本線を通すのは大それた事と言えそうです。
結果今現在(2003年当時)の姿がこうなんですからねぇ。
然もありなんといったところでしょうか。

狭い波打ち際を足早に通り抜け、友人の待つ車に戻った時は「無事に戻るという責任」を果たした安心感でいっぱいでしたが、一つ間違えば大事になりかねない撮影というのは考えものだなと感じました。
この地のこの時の様子をフィルムに収められたのは満足すべきことですが。


その後は大崩海岸沿いの(当時の)国道150号を焼津まで往復してみたり、教科書で見たことのある登呂遺跡を訪問してみたり、久能山下の海沿いを走ってみたり。
終日曇天模様だったためか、晴れやかな気持ちになることのない、どんよりした撮影旅となった記憶が残ることとなりました。


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第152回 2003年の大崩海岸 旧石部隧道 その1 平成15年

今回は2003年の正月に訪問した静岡県の大崩海岸・旧石部隧道の写真をアップします。
今ではネット上でもすっかり有名になったこの地ですが、当時「鉄道廃線跡を歩く」という本に載っていた一枚の写真を見ていつかは行ってみたいと思っていた場所でした。
新年早々の正月三が日内でしたが、たまたま時間ができたのきっかけに現地へと車を走らせました。
(旧石部隧道についての情報は今や私が語るまでもないので興味のある方は調べてみてください

地図を確認し大体の場所は把握していましたが現地に着いたところで具体的なルートがわかりません。
当時は国道150号線だった大崩海岸ルートの海上橋とそれに続く隧道の間にあったスペースに車を停め、焼津方面を眺めてみるとその場所はすぐ判明。
設置された波消しブロック群に続く狭い海岸線を抜ければ目的の場所にたどり着けそうです。


静岡県静岡市 大崩海岸 東海道本線 旧石部隧道付近
200301大崩海岸_01
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

今では旧石部隧道の直上にある道路脇から降りて行けるようですが、当時はそんなルートがあることも知らなかったので海岸沿いを歩いて進みました。
浜にはすでに(釣り人と思われる)先客の足跡が刻まれ、これのおかげで多少の不安感を拭うことができました。
というのも波に洗われた海岸線の狭さと廃墟へ向かうという状況、さらに早朝の薄暗い曇天の空模様も相まって不安感を感じるのに十分なほどの条件が揃ってからです。


静岡県静岡市 大崩海岸 崩れ落ちた旧石部隧道抗口
200301大崩海岸_02
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

いよいよ近づいてきた「あの景色」。
まだ全容はわかりませんが期待と不安感が高まります。
遠目でもそのスケール感を感じることができた、崩れ落ちた旧石部隧道の抗口。
人一人分の高さなんてものではすまないレンガの塊がそこにはありました。


静岡県静岡市 大崩海岸 旧石部隧道抗口付近から用宗方面を望む
200301大崩海岸_03
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

一旦来た道を振り返ってみます。
波がそれほど荒れた様子でもなかったからいいものの、断崖絶壁と海に挟まれた全く逃げ場のない、ここまでの道中は決して安心して歩けるようなものではありませんでした。
果たしてあそこまで無事帰りつくことができるだろうか?などと不安感を感じつつも、新潟と富山の県境にある「親不知」にも似た光景に心を奪われていたのもまた事実。


静岡県静岡市 大崩海岸 旧石部隧道抗口付近から焼津方面の消失した路盤跡
200301大崩海岸_04
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

さらに進むと崩れ落ちた抗口ののおかげで一旦は海から隔てられて安心感を感じられますが、これほどの塊を破壊してしまうほどの波の威力ですから油断は禁物です。
手前に見える誰かの靴のおかげでスケール感を感じられるでしょうか。
目の前のレンガの塊はトンネル抗口の側壁かあるいは天井だった部分かもしれません。


静岡県静岡市 大崩海岸 2003年当時の旧石部隧道抗口の様子
200301大崩海岸_05
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

振り返ってみると今回の目的だった場所が目の前に。
波による侵食で地盤から崩れ落ちた旧石部隧道の下り線側抗口です。
誰が設置したのかいずれ崩れ落ちる運命にある残った抗口を支える細い木材の数々。
所々に亀裂が入りすぐにでも崩れ落ちそうな危うさがあったためトンネルに近づくことはしませんでした。
(その後残った上り線側抗口も崩れ落ち現在も崩壊が進んでいるようです)


静岡県静岡市 大崩海岸 崩壊した旧東海道本線路盤跡にあった暗渠の跡
200301大崩海岸_06
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

崩れ落ちた抗口の様子を遠目から撮影するためさらに西側へと歩を進めます。
途中にあった暗渠と思われる構造物。
ちょうどこの辺りは谷筋になっているようなので水抜きのためなのでしょう。
この時の撮影から15年以上が経過し現在も残っているのかわかりません。





次回は波の侵食により崩れ落ちた旧東海道本線の路盤跡の様子などをアップしてみようと思います。


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