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第148回 '92 International F3 League  富士スピードウェイ その4 平成4年

これまで3回に渡って公開してきた1992年に富士スピードウェイで行われた「インターF3リーグ」の様子。
四回目の今回は富士スピードウェイの第一コーナーで撮影した写真を中心にお送りします。

前回は予選A組・B組のレースが終わり決勝レースまでの間に再び旧コースの30度バンクを見に行ったところまででしたね。
前日夜出発で寝不足だったことに加え、予選レース開始前に30度バンクを含む旧コースの見学をしたことですっかり満足してしまい、レース開始後は睡魔に襲われほぼ記憶がないという状態。


富士スピードウェイ 第一コーナー外側からの様子
92_International_F3_League_FISCO_16.jpg
◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

期待していたグランドスタンドや第一コーナーでの観戦は今ひとつだったこともあり、決勝レース開始前に見に行った旧コースの30度バンクの先にある第一コーナー外側へと観戦ポイントを移動してみました。
ここなら第一コーナーからの立ち上がりで加速するレーシングマシンの迫力あるシーンが見られるのでは?と期待が高まります!

が、陽射したっぷりですっかり心地よい時間帯になってしまったため再び睡魔に襲われることに。


富士スピードウェイ 第一コーナー外側から インターF3決勝
92_International_F3_League_FISCO_17.jpg
◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

気がついたらいつの間にか決勝レースが始まっていました(笑)
期待していた迫力のあるシーンも、ご覧の通りあまり間近に見られるわけでもなく一コーナーからフル加速で立ち上がっていくマシンは次々通過していくだけで、かつ毎周回同じシーンが繰り返されるだけでレースの状況も把握できずといった感じ。
という訳で今回も船を漕いでいる間にレースが終わっていました。


富士スピードウェイ 決勝終了後の第一コーナー
92_International_F3_League_FISCO_18.jpg
◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

長丁場だったこの日のレースも終わり、グランドスタンド前では表彰式が行われていたようですがそこまで移動する気力はありませんでした。
自分の車に戻る途中、ああ、朝は見えなかったけど向こう側には箱根の外輪山が見えるんだなぁ。とか思いながら1コーナーの観覧エリアでボーッとしてた時に撮った写真がこの日の最後の一枚。

11月末というオフシーズンと言ってもいいほどの時期だった割に相当数の人出があったレースだったため、場内駐車場から出るにも大渋滞で時間がかかる状況。
御殿場市街地まで到達した頃にはすっかり日は沈み、その後の東名高速をはじめとした帰路も渋滞が続き、帰宅できたのは日が変わる直前だったと記憶しています。

レースの内容はほとんど覚えてないし、帰りは渋滞にハマりと散々なレース観戦だったような気もしますが、なんといっても一度は見たかった富士スピードウェイ旧コースの30度バンクが見られたことは満足でした。


さて四回に渡ってお送りしてきた「'92 インターF3リーグ」を撮影したパノラマ写真の記事はこれにて終了。
通常フォーマットのカメラで撮影したネガもあったはずなので、発掘できたらまた公開してみたいと思います。


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第147回 '92 International F3 League  富士スピードウェイ その3 平成4年

連載三回目の今回も引き続き1992年に行われた「ユーロ-マカオ-ジャパン チャレンジカップ インターナショナルF3リーグ(EURO-MACAU-JAPAN CHALLENGE CUP INTERNATIONAL F3 LEAGUE )」を観戦しに行った時の富士スピードウェイの写真をお送りします。

過去二回記事タイトルにレース名を冠しておきながらレースの写真が一切ないということでご不満の方もいたでしょうが、今回からようやくレースの写真が登場します。(笑)


富士スピードウェイ グランドスタンドからインターF3リーグ予選A組のスタート前
92_International_F3_League_FISCO_11.jpg
◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

前夜自宅を出発し到着後数時間の仮眠の後、朝一で30度バンクを含む富士スピードウェイの旧コースを歩き、寝不足による疲労困憊の状態でいよいよレース観戦を始める事となりました。
ちょっとだけレースの内容を書いておくと、午前中にA、B二組に分けて予選レースを行い各組の上位何台かを合わせて午後に決勝レースを行うという丸一日をかけた長丁場のレースだったと記憶しています。

写真は予選A組のフォーメーションラップからグリッドに着く時の様子です。
コースは前日の雨でところどころ濡れた箇所があるものの天候が回復してライン上は乾きつつある状態でした。


富士スピードウェイ グランドスタンドからインターF3リーグ予選A組のスタート前
92_International_F3_League_FISCO_12.jpg
◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

二枚目の写真は最後尾の車がグリッドに着いていよいよ予選A組のレースが始まるといったところ。
これまでに何度かのレース観戦をしてきたもののグランドスタンドでの観戦は初めてだったため期待感が高まりますが、いざレースが始まってみると目の前のホームストレートを猛スピードのレーシングカーが通り過ぎていくだけの光景が繰り返されました。

天候が回復し日差したっぷりの中、寝不足の自分が船を漕ぎ始めるのにそう時間はかかりませんでした。
心地よいエグゾーストノートに包まれてふわふわとした時を過ごしどのような展開が繰り広げられたのか記憶のないままに予選A組のレースは終了。

これじゃいかん!といいう事で予選B組のレースは第一コーナーへ移動してみることにしましたが、やはりここでも睡魔に襲われほとんど記憶がないままレースは終了。


富士スピードウェイ 第一コーナー先から見る30度バンク旧コース
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◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

まったく何をしに来たのか疑問に思いつつ、午後の決勝レースまでは多少の時間があったため懲りずにまた30度バンクを見に行く事にしました。
雲や霧に覆われていた朝方とは違って、秋空の下30度バンク旧コースがくっきりと見えてきました。


富士スピードウェイ 旧コース30度バンクの入り口
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◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

再びやってきた富士スピードウェイ旧コースの30度バンクの入り口です。
いまではメモリアルパークへの通路として歩道が整備されましたが、当時は杭を抜いてしまえば車でも入り込めそうなオープンな状態でした。
ちょうどこの辺りからバンクが立ち上がっていく様子がよくわかると思います。


富士スピードウェイ 旧コース30度バンクの遠景
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◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

ここではコースには入らず駐車場間をむすぶ通路から旧コース30度バンクの全体を納めるべく撮影してみました。
単にフォーマットの違いとはいえこんな時はパノラマっぽい写真はいいですね。
第一コーナーからすり鉢状のバンクを経て下っていくという、ちょっととんでもないコースだというのがよくわかります。
コース内側には当時のダートコースや、コース外側のかつての観客席など、葉の落ちたこの時期だからこそ見える遺構なども見る事ができて、今回のレース観戦の目的を達せたことに喜びを感じつつ、次の決勝レースを観戦すべくさらに移動を続けます。


という訳で今回はここまで。
次回は決勝レースの様子を紹介してみようと思いますが、こんな状態での観戦だったのでレースに関しての情報は期待しないでくださいね(笑)

もっとレースの事が知りたいぞ!という方は以下のリンク先をご覧ください。
International F3 League アーカイブ - モータースポーツフォーラム





最後に、本年はこの記事を持って最後の更新となります。
今年も当ブログをご覧いただきありがとうございました。
引き続き2019年もブログ「アナログからデジタルへ」をよろしくお願い致します。
良いお年を!


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第146回 '92 International F3 League  富士スピードウェイ その2 平成4年

今回も1992年に行われた「ユーロ-マカオ-ジャパン チャレンジカップ インターナショナルF3リーグ(EURO-MACAU-JAPAN CHALLENGE CUP INTERNATIONAL F3 LEAGUE )」を観戦しに行った時の富士スピードウェイの写真をお送りします。
この時初めて訪れた富士スピードウェイですが、インターF3リーグのレース観戦よりどちらかというと「30度バンク」を見ることのほうが楽しみで、それが目的だったと言っても過言ではありませんでした。
この日のレースはまだ始まっていませんが、第一の目的である「30度バンク」を満喫するためさらに先を進んでみることにします。


富士スピードウェイ 旧コース 30度バンクからみる富士山
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◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

前夜から降り続いた雨も夜明け前には止んで、30度バンクの中程へやってきた頃にはコース全体を包んでいた雲や霧は晴れ始め見えなかった富士山も姿を現しはじめました。

奥に現1コーナーの末端部が見えますが、かつてそこから続いていた旧コースの30度バンクとはかなりの高低差があるように見えちょっとした違和感を感じますが、この位置からだとすり鉢状に下ってくる超高速コーナーだった頃の様子がなんとなく想像できますね。
ちなみにコース外側のバンクのヘリまで登ってみましたが、それほどでもないだろう思っていた「30度」という角度は予想外の斜度で立っているのも困難なほどでした。


富士スピードウェイ 旧コース 30度バンク
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◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

さらに進んでバンク角が緩やかになってきたあたりで、ようやく前後に広大なバンク全体の姿を見渡せるようになりました。
しかし現地に立ってみての第一印象は「とんでもないコースだ!」という感想しかなく、これだけ広いコース幅でもラインは一本しかないだろうなというのは容易に理解できました。


富士スピードウェイ 旧コース 30度バンクからS字コーナーへ
92_International_F3_League_FISCO_08.jpg
◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

振り返って反対側の様子を見てみます。
現在「30度バンクメモリアルパーク」として保存されている部分はこの辺りまでで分断されているようですが、当時使われなくなった旧コースはここから先S字コーナーを経て本コースへとつながっていました。
見ての通りとても広いコース幅ですが、路面にうねりはあるしここからさらに下っていくのでどのラインを通ればいいのか判断がつきません。
なんとなくラインを外れてコースアウトしそうな恐怖感を感じてしまいます。

さて、この辺りで初訪問の30度バンクにはすっかり満足してしまいましたが、レース開始までまだ時間はあるしせっかくならということでさらに先を進んでみました。
バンクで駆け下りてきたコースは反転してS字コーナーをそこそこの勾配で登っていき、距離が長いこともあって現コースとの接続部まではなかなか大変な思いをしました。
そんなこともあってS字コーナーや現コースとの接続部の写真を撮りませんでしたが、今となっては見られなくなってしまったS字コーナをなぜ撮影しておかなかったのか大きな後悔が残ることとなってしまいました。


富士スピードウェイ P8駐車場と富士山
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◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

とりあえず一番の目的を果たしレース観戦の準備をするため本コースへと戻ってきました。
駐車場も概ね埋まり観客たちはおのおのの観戦場所への移動を始め、いよいよレース開始への緊張感が漂う中、陽も登ってきてようやく富士山も姿を現しはじめましたが・・・


富士スピードウェイ P8駐車場付近からみるグランドスタンド
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◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

南側はいまだ雲、というか霧の中といった風情。
まるで雲海の中にいるような雰囲気ですが晴れていれば眼下には御殿場の市街地が、その奥には箱根の連なる外輪山が見えるのでしょうね。



という訳で今回はここまで。
次回は始まったレースの様子などを掲載してみようと思います。


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第145回 '92 International F3 League  富士スピードウェイ その1 平成4年

ちょうど26年前の今日、1992年11月29日に静岡県の富士スピードウェイで行われた「ユーロ-マカオ-ジャパン チャレンジカップ インターナショナルF3リーグ(EURO-MACAU-JAPAN CHALLENGE CUP INTERNATIONAL F3 LEAGUE )」を観戦しに行きました。
ここしばらく当ブログのヘッダーに掲載していた画像からお気づきの方もいたと思いますが、今回から数回にわたってこの時に撮影した富士スピードウェイの様子をお送りしていこうと思います。

ブログタイトルに「インターF3リーグ」と表記した割にはこの時のレースの写真はごくわずかで、その半分以上が当時気になっていた「30度バンク」を含む旧コースのものとなっています、
レースの模様などに期待して訪問した方には申し訳ありませんが当ブログは写真ブログなので、レースの情報をお望みの方は他のサイトをご覧くださいね。
2005年(平成17年)に現在の新コースに改修され、今となっては見られなくなった1992年当時の富士スピードウェイの雰囲気をお楽しみいただければと思います。



それまでどこへ行くにも一眼レフカメラの携帯を欠かさなかった私ですが、この時期はバイクでの移動が多くなった事もあり携行性を重視してコンパクトカメラやレンズ付きフィルムを使うことが増えました。
この時はなんとなく当時流行っていた「パノラマ」を使ってみましたがなんの事はない、35mmフルサイズの上下にマスクをつけて横長のフォーマットに見せかけてるだけなんですね。
相対的に画質は落ちる訳でスキャンした画像もご覧の通り粒状ノイズの目立つものとなっている事をご了承の上ご覧ください。




富士スピードウェイ P1-B駐車場の様子
92_International_F3_League_FISCO_01.jpg
◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

それまで鉄道を主とした旅や写真撮影をしていた私ですが、自動車と二輪の免許を取得して以降は当時盛り上がっていた四輪レースのF1や二輪レースのGP500などの影響もあって度々レース観戦に出かける事がありました。

もうすぐ12月になろうかという時期に開催された「インターF3リーグ」ですが、F3マカオGPに出場したレーサーたちが「F3世界一決定戦」との触れ込みで1990年から開催されていたレースという事で、第一回大会では後のF1チャンピオンであるシューマッハやハッキネンが参戦した事でも有名ですね。


富士スピードウェイ P1-B駐車場からみるグランドスタンド
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◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

当時のレース観戦では多くの人出があり、観戦場所に近い駐車場の確保を考えて前夜に出発、日の出前の到着となりました。
雨まじりの中深夜に到着し日の出までは車中で待機、心配していた雨が止んで夜明けとともに辺りが明るくなってからはレースが始まるまでの間、初めて訪れた富士スピードウェイの旧コースを見て回る事にしました。

当時は舗装された駐車場はごく限られた場所しかなかったようで、場内のほとんどの駐車場が写真のように砂利敷きでした。
バブル時期と重なり自動車レースが盛んだった時代でも施設の改修はあまり行われなかったようで所々老朽化が目立つ状態に見えました。


富士スピードウェイ グランドスタンドからみるコントロールタワー
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◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

車を駐めたP1-B駐車場からグランドスタンドを横断して、まずはどうしても見に行きたかった旧コースの「30度バンク」方面へ向かいます。
今はレース開催日なら簡単に入れないであろうグランドスタンドですが、この時はフリーパス状態で出入り自由だったと思います。
懐かしのガラス張りのコントロールタワーを横目に第一コーナへ向かって進みます。


富士スピードウェイ グランドスタンドからみるP8駐車場と第一コーナー
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◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

グランドスタンドを過ぎると見えてくる第一コーナ付近には芝生席の自由観戦エリアがありますが今は立派なスタンド席が設けられました。
見ての通りコース際近くに駐車場があり、場内全体にわたってこんな感じなのでレース中でも他の観戦エリアに車で移動する人もいたようです。
ここまで来てようやく、かつて30度バンクコーナ外側に設置されていた観客席の跡が視界に入り、ついに実現する目的の旧コース訪問への期待感が高まります!


富士スピードウェイ 旧コース 30度バンク
92_International_F3_League_FISCO_05.jpg
◆ 撮影日:1992/11/29 撮りっきりコニカ MiNi パノラマタイプ / Nikon COOLSCAN IV ED

続々と観戦場所へと移動していく人たちを横目に私はといえば第一コーナーを過ぎ今回観戦の第一の目的地である30度バンクのある旧コースへやってきました。
この頃には周辺も明るくなり、ほぼ貸切状態の旧コースをじっくり観察できる状態。
当時はあまり注目される事もなく知る人ぞ知るスポットみたいな感じで、コース上や周辺は草ぼうぼうで全く管理されてない感じでした。
まだまだレース開始までには時間があるので念願だった富士スピードウェイ旧コースをじっくり観察して回ることにしましょう!

という訳で今回はここまで。
次回は30度バンクの写真をメインに紹介してみます。


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第144回 きっぷコレクション その5 「上野駅開業100周年記念入場券」 昭和58年

なかなかネタの整理が進まない今日この頃ですが、今回はシリーズ「きっぷコレクション」です。
数ある乗車券・入場券のコレクションの中からどれを選ぼうか悩むところですが、あるきっかけから今回はこちらの記念入場券を公開することにしました。



「上野駅開業100周年 記念入場券」の収納袋
上野駅開業100周年記念入場券_袋
◆ EPSON GT-X700でスキャン

左=明治30年頃の上野駅
右=上の鉄道汽車出発の図


「上野駅開業100周年 記念入場券」から引用


まだ国鉄だった時代の昭和58年に購入した「上野駅開業100周年記念入場券」です。
西暦でいうと1983年、どうしてこの入場券を購入したのか、さすがにこの当時の記憶が定かではありません。


「上野駅開業100周年 記念入場券」普通入場券大人120円 ①明治時代の上野駅 表
上野駅開業100周年記念入場券_表01
◆ EPSON GT-X700でスキャン

  • 東京名所上野山下ステーション開業式汽車発車の図
  • 開業当時の上野駅
  • 開業当時の蒸気機関車


「上野駅開業100周年 記念入場券」から引用


「上野駅開業100周年 記念入場券」普通入場券大人120円 ①明治時代の上野駅 裏
上野駅開業100周年記念入場券_裏01
◆ EPSON GT-X700でスキャン

上野駅が開業するまで・・・
 上野駅が開業する3年前の明治13年(1880年)、当時の政府は、東京〜神戸間の鉄道の一部として予定していた、東京〜前橋間の工事を財政難のため見合わせた。
 しかし、明治14年2月、岩倉具視により鉄道会社の発起人会が開かれ、社名を日本鉄道とした。そして、
  1. 東京〜高崎間とその途中から青森まで
  2. 高崎から中山道経由長浜まで
  3. 中山道線の途中から新潟・秋田まで
  4. 大里から長崎までと、その途中から熊本までの建設を目的とした。
 同年11月第1項の出願は認可され、敷設工事は、明治15年6月川口〜熊谷間が、同年10月には上野〜川口間が起工された。


「上野駅開業100周年 記念入場券」から引用


もし残っていたのがこの記念入場券のみだったら、どうして購入に至ったのかさっぱりわかりませんでしたが、ネガファイルを調べてみるとこの「100周年」の当日に上野駅を訪れていたことがわかりました。


「上野駅開業100周年 記念入場券」普通入場券小人60円 ②大正時代の上野駅 表
上野駅開業100周年記念入場券_表02
◆ EPSON GT-X700でスキャン

  • 現在の高架ホーム
  • 高架ホーム(大正14年完成)
  • 大正11年の上野駅前
  • 大正時代の蒸気機関車


「上野駅開業100周年 記念入場券」から引用


「上野駅開業100周年 記念入場券」普通入場券小人60円 ②大正時代の上野駅 裏
上野駅開業100周年記念入場券_裏02
◆ EPSON GT-X700でスキャン

上野駅を中心とした路線の発展
 日本鉄道により路線は延長し、明治17年高崎まで開業した。翌明治18年には、東北本線の大宮〜宇都宮間が開業している。同24年には青森まで全通した。38年には上野から直通の旅客列車が新潟へ運転を開始した。又、田端始発だった常磐線が、日暮里〜三河島間の開通により(明治38年)上野始発となった。明治39年、「鉄道国有法」が制定され、日本鉄道は、他の会社と共に国有化された。
 明治40年には、上野〜青森間(奥羽本線経由)の直通運転を開始。明治42年、上野〜品川〜烏森(現新橋)間に山手線電車の運転を開始。大正8年3月、上野〜池袋〜品川〜東京〜新宿〜中野間の「の」の字運転が行われた。しかし、同14年11月、上野〜神田間の高架線が開通するにおよび、山手線は環状運転となった。
 現在の上野駅駅舎は、昭和4年5月仮本屋を設置し、翌年3月着工、昭和7年3月に完成した。そして4月5日から使用開始となった。この年9月1日には大宮まで国電が延長し大宮〜蒲田間の直通運転が開始された。
 こうして、およそ現在の上野駅の姿が形づくられた。


「上野駅開業100周年 記念入場券」から引用


どうやら当時の鉄仲間と「上野駅開業100周年」にこじつけて撮影に行ったらしく、そのネガを確認すると、東北新幹線開業前の北へ向かう特急が盛んに発着していた、賑やかな上野駅のホームを収めた様子が確認できました。


「上野駅開業100周年 記念入場券」普通入場券小人60円 ③昭和の上野駅 表
上野駅開業100周年記念入場券_表03
◆ EPSON GT-X700でスキャン

  • 上野駅案内所(昭和12年ころ)
  • 思い出の列車(左からはつかり、ひばり、とき)
  • 現在の上野駅


「上野駅開業100周年 記念入場券」から引用


「上野駅開業100周年 記念入場券」普通入場券小人60円 ③昭和の上野駅 裏
上野駅開業100周年記念入場券_裏03
◆ EPSON GT-X700でスキャン

開業当初の話題

 明治16年7月28日、上野〜熊谷間が開業。その年の10月、本庄へ延長開業した。当時の列車は、4輪車、4両編成、1両が特並等車、他は下等車だった。機関車は、開業前に4両が組み立てられて、客車は20余両が完成していた。又、信号機がなかったので、かわりに旗を立てて合図をした。夜間はランプを用いたが、信号が出ていないと、機関士は、一旦停止して自分で駅まで行って安全を確かめた。
 明治17年5月の上野〜高崎間開通に際しては、各駅に腕木信号機が設けられた。列車が駅に止まると撞木という長いT字形の棒で扉の鍵を外し客車の扉を開けた。長い列車では、前部車掌と後部車掌が分担して行った。出発のときも同様に行った。発車3分前に警鈴を鳴らし、改札口を閉じた。そして、発車間際の乗車は禁止されていた。
 明治24年9月の上野〜前橋間の時刻表では、上下5本ずつで、1日10本を運転した。
朝の一番列車は、上野発6:00で、熊谷8:03、高崎9:18、前橋9:35であった。


「上野駅開業100周年 記念入場券」から引用


思い起こせばこの時撮影した写真はというと、当時はじめて自分用として購入したカメラ、初めて撮影しに行った鉄道写真ということで、そのほとんどがピンボケ手ぶれの連続でとてもプリントして見るには耐えないものでした。
それでも初めて自分のカメラで撮影した鉄道写真ですから、いずれスキャンしてみることにしましょうかね。


「上野駅開業100周年 記念入場券」普通入場券小人60円 ④未来へ進む上野駅 表
上野駅開業100周年記念入場券_表04
◆ EPSON GT-X700でスキャン

  • 新幹線開業時の完成図
  • 地下ホーム完成図
  • 東北・上越新幹線


「上野駅開業100周年 記念入場券」から引用


「上野駅開業100周年 記念入場券」普通入場券小人60円 ④未来へ進む上野駅 裏
上野駅開業100周年記念入場券_裏04
◆ EPSON GT-X700でスキャン

ごあいさつ

 明治16年7月28日の開業以来、今年で100周年となりました。地元の皆様をはじめ、上野駅をご利用される皆様に厚くお礼申し上げます。
 上野駅は、東京の北の玄関口としての位置にあって、東北、上・信越方面へ広がる路線は限りない旅の魅力にあふれています。
 100周年を機に、主な移り変わりを並べてみました。少しでも思い出につながるものがあると幸いです。
 又、上野駅は東北新幹線の乗り入れに備えて地下駅工事も着々と進めております。
 刻々と変わりつつ、未来へ進む上野駅を今後とも、よろしくお願いいたします。


「上野駅開業100周年 記念入場券」から引用


ネガの撮影日の記録を見ると、まさにこのきっぷの記念日と同じ1983年7月28日の記載がありました。
東北・上越新幹線の上の開業に向けて、華やかに開業100周年を迎えた「北の玄関口」はさらなる変化に期待が高まる時期だったと思います。
それから約35年を経た現在ですが、東京・上野ラインの開通で「北の玄関口」としての使命は薄れ、単なる中間駅のような状態になると当時は想像することなどできなかったでしょうね。





さて冒頭に書いた「あるきっかけ」はというと、
つい先日のことでしたが、以前公開した記事
第83回 上野・日暮里・尾久で撮り鉄 その2 昭和61年
第100回 シリーズ定点撮影 その1 「上野駅8番ホームのいまむかし」
に掲載したアメ横の写真が、テレビ東京の旅番組「朝の!さんぽ道」の中で「1日1区さんぽ」という企画の「台東区編」で現在の様子と比較する形で使用されました。
今回はほんの数秒間でしたが、なかなかいい場面で使用されたのでちょっと嬉しい思いでした。

そんな訳で「上野つながり」の今回のきっぷコレクションと相成りました。
次回からはすでにヘッダー画像で公開済みの、ある施設の様子を記録した当時の写真を公開していこうと思います。


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すんや

Author:すんや
過去に撮りためたアナログ写真をフィルムスキャナーでデジタイズしアップロードする、アルバムと備忘録を兼ねたブログです。

一度はボツになった写真や、現像ムラ・カビ・キズなどで劣化した写真を現代の技術でどこまで復活させられるか?

アップする写真は基本的に鉄道写真か風景写真です。


中国五羊本田製バイクCGL125のブログをはじめました。
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