第137回 ’91夏 青春18きっぷの旅 その1 平成3年

今回からは1991年の夏 に青春18きっぷを利用した乗り鉄の旅をお送りします。
これまでは昭和を中心とした過去のフィルム画像をスキャンしてきた当ブログですが、137回目でようやく平成の画像を出せる事になりました!
平成30年の現在、もうすぐ平成も終わりそうなところへ来てようやくといった感じのスローペースではありますが、これからもできる限り更新していけるように頑張りますので今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m


記憶をたどると当ブログでは昭和63年まで公開済みだったと思いますが、その後バイクに乗り始めたことから鉄道旅からは遠ざかっていた時期でもありました。
そんな中、以前「きっぷコレクション」の第一回目で登場した友人Y君が「夏休みだからどこか行こう!」という事で誘いを受けた事から久しぶりの乗り鉄の旅をする事となった訳です。

今になって思えば夜行普通列車を利用しての乗り鉄の旅などというのは、ノーマルな友人Y君にはなかなか苦行の旅だったでしょうが、そこはやはり自分の趣味を優先してしまう自分は反省するべきだと思いました。(笑)


さて首都圏から夜行普通列車を利用しての乗り鉄の旅と言えば、東京発東海道本線の大垣夜行か新宿発中央本線の441Mが定番ですね。
今回の旅では441Mで新宿を立ち、日本海へ出て新潟を経て会津から東京へ戻るというルートをとってみました。


JR東日本 中央本線 小淵沢駅 441M 115系 普通列車
199108_小淵沢駅01
◆ 撮影日:1991/8 PENTAX LX / smc PENTAX-M 35mm F2 / Nikon COOLSCAN IV ED

やはり一人旅と違って話し相手がいる事で撮影枚数は減るようで、フィルムの1コマ目は小淵沢駅でのもの。
小淵沢駅の到着時間は午前5時前だったと思いますが、この時期だとすっかり夜明けの感じがしますね。
下車客や小海線への乗り換え客でホーム上はちょっとした賑わいを見せます。


JR東日本 中央本線 小淵沢駅
199108_小淵沢駅02
◆ 撮影日:1991/8 PENTAX LX / smc PENTAX-M 35mm F2 / Nikon COOLSCAN IV ED

上諏訪への発車を待つ乗客たちは狭い客席から出て、体を伸ばしたり駅の様子を見たりと思い思いの時間を過ごしていたようです。
小海線の一番列車を待つホーム上の客達を残し、20分程度の停車時間を経て441Mは上諏訪へのラストスパートに入ります。


JR東日本 中央本線 信濃境駅〜富士見駅間の車窓
199108_信濃境駅〜富士見駅
◆ 撮影日:1991/8 PENTAX LX / smc PENTAX-M 35mm F2 / Nikon COOLSCAN IV ED

韮崎駅からひたすら登り続けてきた中央本線もいよいよ最高地点の富士見駅へ至りますが、信濃境駅を越えると北側の車窓から見える有名な鉄道遺構がありますね。
単線時代の旧線で廃止になった「立場川橋梁」の旧橋梁です。
廃止となった赤いトラス橋はこの区間に乗車した事のある方なら見た事がある風景だと思います。
奥には中央道、画像にはありませんが右奥には八ヶ岳が見えて中央東線の中でも代表的な車窓と言えるでしょう。


JR東日本 大糸線 南小谷駅 駅前
199108_南小谷駅01
◆ 撮影日:1991/8 PENTAX LX / smc PENTAX-M 35mm F2 / Nikon COOLSCAN IV ED

上諏訪駅、松本駅で列車を乗り換えやってきたのは大糸線の南小谷駅。
ここまでの電化区間はJR東日本で、糸魚川駅までの非電化区間はJR西日本の管轄となる境界駅となります。

前日深夜からずっと列車に揺られっぱなしの友人Y君は、列車が動いている間はほぼ寝て過ごしたようですが通常はそれが普通なのでしょう。
自分としては車窓を眺めないなんてもったいないと思いますが、その辺りはノーマルな常識的な人とは相容れない部分なのでしょう(笑)


JR東日本 大糸線 南小谷駅
199108_南小谷駅02
◆ 撮影日:1991/8 PENTAX LX / smc PENTAX-M 35mm F2 / Nikon COOLSCAN IV ED

駅前に出てみても正直何もないので時間つぶしにも限界があります。
糸魚川行きの列車が到着するタイミングで再び駅に戻り席を確保した上で発車を待つとしましょう。

夜行列車での出発ゆえにそれまで気にしていませんでしたが、まだ山の中の駅で午前9時を過ぎたくらいの時間なのにかなり暑かった記憶があります。
一泊という事で着替えを最小限にしてきましたが、その事がこの後に訪れる夏の日本海側の特徴的な気候によって後悔をする、というのをこの時は知る由もありませんでした。


今回の行程
新宿駅→(中央本線)→上諏訪駅→(中央本線・篠ノ井線)→松本駅→(大糸線)→南小谷駅


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第136回 きっぷコレクション その4 「1985年廃止の国鉄路線きっぷ」 昭和60年

第136回の今回は久しぶりの「きっぷコレクション」をお送りします。
取り上げるのは1985年に廃止された国鉄のいわゆる「赤字ローカル線」と呼ばれた「特定地方交通線」の第一次廃止対象路線のなかから6つの路線のものを紹介したいと思います。

第1次廃止対象路線として1984年に数多くの地方ローカル線が廃止されたのは、当時のテレビニュースでも大々的に取り上げられましたが、個人的には地方ゆえに簡単には訪問できないうちに廃止されていく憧れのローカル線をただ見送ることしかできないという状況でした。
1985年に入って4月からは西日本の各ローカル線が廃止されはじめ、いよいよ馴染みのある北日本のローカル線が実際に廃止される時期が来ることで何かしら記念に残せるものはないか?と考え、せめて運行最終日のきっぷだけでも購入してみようということで入手したのが今回紹介するきっぷの数々という訳です。

購入したのは国鉄新宿駅東口のみどりの窓口だったと記憶していますが、当時はこのような実際に使いもしないきっぷを購入することに批判的な意見も散見されたようです。


国鉄岩内線 小沢駅〜岩内駅間 普通乗車券 1985年6月30日
19850630_岩内線きっぷ
◆ EPSON GT-X800でスキャン

実際、購入する際の窓口氏の表情が一瞬曇る様子を見ていた訳ですが、とはいえ使わないきっぷでも国鉄にとってはわずかな額であっても収入になるんだからいいじゃないか!などと思いながら購入したものです。

※岩内線の詳細はこちら


国鉄興浜北線 浜頓別駅〜北見枝幸駅間 普通乗車券 1985年6月30日
19850630_興浜北線きっぷ
◆ EPSON GT-X800でスキャン

これらのきっぷを購入するにあたっては正直悩んだ部分もあったのは確かです。
なんせ廃止予定路線の列車に乗るでもなく、現地訪問すらしない訳ですから。

※興浜北線の詳細はこちら


国鉄大畑線 下北駅〜大畑駅間 普通乗車券 1985年6月30日
19850630_大畑線きっぷ
◆ EPSON GT-X800でスキャン

みどりの窓口できっぷを買うだけなら誰にでもできることですから「価値がない」などという意見ももっともな感じがしてしまうのも否めませんね。

※大畑線の詳細はこちら


国鉄興浜南線 興部駅〜雄武駅間 普通乗車券 1985年7月14日
19850714_興浜南線きっぷ
◆ EPSON GT-X800でスキャン

とはいえ逆転の発想をするならば、現地に行かなくても運行最終日のきっぷが入手できるならと割り切ってしまうのも個人的には「アリ」と思うことにしました。

※興浜南線の詳細はこちら


国鉄美幸線 美深駅〜仁宇布駅間 普通乗車券 1985年9月16日
19850916_美幸線きっぷ
◆ EPSON GT-X800でスキャン

別に後の世に高額で売り抜けようなどと考えたこともないので、そもそも「価値」とか面倒なことを考える必要も無かったということですね。

※美幸線の詳細はこちら


国鉄矢島線 羽後本荘駅〜羽後矢島駅間 普通乗車券 1985年9月30日
19850930_矢島線きっぷ
◆ EPSON GT-X800でスキャン

という訳で実際に乗車する訳ではないので「子供料金」で購入したきっぷの数々。
今回の記事に書くにあたって再び眺めてみると、やはり現地訪問してないきっぷというのは「思い入れが浅い」という当然のことを再認識しました。

※矢島線の詳細はこちら



結局私にとって記念に購入したきっぷというのは、それそのものに価値がある訳ではなく、それに紐づく形で当時の思い出が蘇ることに価値があるのだ、ということなのでしょう。
その後このような形で記念のきっぷを購入することが無かったことからあまり意味を感じ無かったというのは間違いないようです。
あまり推奨するようなものではないですが、こんな形で廃止予定の鉄道路線のきっぷを入手することができる一例として今回の記事をアップしてみたということです。



ちなみに当時は廃止路線ではないこんなきっぷも同時に購入していました。

国鉄広尾線 愛国駅〜幸福駅間 普通乗車券 1985年6月30日
19850630_広尾線きっぷ
◆ EPSON GT-X800でスキャン

愛の国から幸福へ」で有名な広尾線のきっぷもネタ的に買ってみた訳ですが、10年ほど前に廃止後の幸福駅跡に車で訪問した際、近くの売店で販売されていた「レプリカ」の「愛国→幸福」硬券入場券を入手した時には「時の流れ」を感じ、なんとも複雑な思いをしたものです。


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第135回 33年前の新百合ヶ丘駅界隈 その3 昭和59年

今回も引き続き昭和59年の小田急線新百合ヶ丘駅界隈の写真を紹介してみたいと思います。
前回は柿生駅側から南口のペデストリアンデッキ付近に移動、カマキリの像「ふるさとの詩」を撮影後、今度は北口へ移動してきました。


小田急小田原線 新百合ケ丘駅 急行新宿行き 5200形
1984新百合ケ丘_11
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

駅の自由通路を抜け北口の階段を降りた先、現在は「新百合トウェンティワン」ビルの入り口付近で撮影してみます。
ちょうどホーム小田原側の端部分が見え、奥には先ほど移動してきた南口のペデストリアンデッキが見えます。
今では背後にアコルデ新百合ヶ丘が建っていますが、この位置から見るホームの様子はあまり変わらないようです。


小田急小田原線 新百合ケ丘駅 急行小田原行き 9000形
1984新百合ケ丘_12
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

同じ位置から柿生駅方面を見てみます。
目の前のだだっ広い空き地には現在新百合トウェンティワンビルが建っていてこの写真のように奥まで見通せることはできないでしょう。
ただ現在の「新百合トウェンティワン」ビルの線路側はガラス張りで眺めが良いため、電車の行き来を見ることができるようになっています。

新百合ヶ丘駅での撮影はこのあたりで終了。
北口から津久井街道沿いに移動します。


新百合ケ丘 万福寺交差点付近
1984新百合ケ丘_13
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

北口駅前の道を下り「万福寺」交差点付近にやってきました。
手前に見える空き地は現在JAセレサ川崎のビルが建っている場所で、交差点の向こう側には「トヨタの中古車販売店」「ヤザキグルメ街」やSLの模型が料理を運ぶことで有名だった「レストランSL」などが見えます。
この交差点の名称は、現在「新百合ヶ丘駅入口」へ変わり、小田急OXのビルや川崎市アートセンターができるなど、ここ20年でのその変貌ぶりは大きなものとなっています。


小田急小田原線 百合ヶ丘駅〜新百合ケ丘駅間
1984新百合ケ丘_14
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

「万福寺」交差点から百合ヶ丘方面へ移動、津久井道とは反対側の線路際から見た新百合ヶ丘駅の様子です。
この辺りも長い間変わらぬ景色でしたが、十二神社周辺の万福寺周辺の開発に伴って大きく様変わりしました。
画面右側に見える山は巨大な集合住宅が建ち人口も大幅に増加。
平成以前ののんびりした町のイメージは無くなってしまいました。


という訳で昭和59年の新百合ヶ丘界隈の撮影はこれにて終了。
比較的連続的にこの界隈の景色は見ていることから、このように過去の写真を見ることでその変貌ぶりを再認識することになりました。
この界隈の開発もほぼ落ち着いた感じのようなので、今後は大きな変化はないと思いますが定期的に撮影してみることにしましょう。


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第134回 33年前の新百合ヶ丘駅界隈 その2 昭和59年

前回から引き続き1984年の新百合ヶ丘駅界隈で撮影した小田急線の写真をお送りします。
柿生駅側の上り線付近で撮影を続けていましたが、当時は駅周辺の店舗や住宅は皆無といっていいも状態だったので、ひとけのない線路際での撮影は手持ちぶさた感じになりそうな気もしますが、ひっきりなしに列車が来るので以外と退屈はしませんでした。


小田急小田原線 柿生駅〜新百合ケ丘駅間 営団6000系
1984新百合ケ丘_06
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

さてこちらは1978年に営団地下鉄千代田線との直通運転開始以来小田急線内を走っていた営団6000系です。
アイボリーにブルーの帯で統一されていた小田急車両の中にあって、異色のオールステンレス無塗装のボディは近未来感があって目立つ存在でした。
ただその外観とは裏腹に非冷房というところも特徴的でしたね。


小田急多摩線 新百合ケ丘駅〜五月台駅間 2400形
1984新百合ケ丘_07
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

こちらは同じ場所から多摩線の2400形です。
この年に2200形が全廃されたあと唯一残る中型車として多摩線で運用されることが多くを占めるようになりました。
今でこそ特急や急行が走る多摩線ですが、当時は無人駅があったり日中四本程度の運行本数ということもあり四両編成の中型車でも十分だったようです。


小田急小田原線 新百合ケ丘駅 急行新宿行き 5200形
1984新百合ケ丘_08
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

少し移動して下り線側から新百合ヶ丘駅の様子を撮影。
今はフットサル場や駐車場があるあたりでしょうか。
向こう側の空き地はビブレやイオンが入るビルが建っている場所ですね。
バスロータリーを囲むように設置されているデッキが見えます。


小田急小田原線 新百合ケ丘駅〜柿生駅間 急行箱根湯本・江ノ島行き 8000形
1984新百合ケ丘_09
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

同じ位置から振り返って柿生方面です。
ご覧の通り草ぼうぼうの空き地なので線路際までたどり着くのが大変でしたが間近に列車を見ることができる特等席といったところ。

この辺りでここでの撮影は終了。
この時はほとんど使われていなかった駅南口方面に移動してみます。


新百合ヶ丘 カマキリの像「ふるさとの詩」
1984新百合ケ丘_10
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

南口から伸びるデッキ上に設置されたカマキリの像「ふるさとの詩」。
まだバス停もない時代で、王禅寺方面への通行人くらいしか通らない場所でしたが、この像だけはやたら目立っていた印象です。
ちなみに今はこの像の背後の方向には新百合ヶ丘エルミロードが建っていますね。

今回はここまで。
次回は北口方面へ移動して撮影した写真を掲載してみたいと思います。


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第133回 33年前の新百合ヶ丘駅界隈 その1 昭和59年

ここ数年なかなか更新が儘ならない当ブログですが、なんとか2017年最後の記事を公開することができました。
第133回の今回は1984年の8月に撮影した小田急線新百合ケ丘駅界隈の写真をスキャンしてみました。
といってもいつも通り列車の写真がメインです。当時親からの借り物では無い初めての「自分のカメラ」として購入したオリンパスのコンパクトカメラ「トリップ35」で撮影をしたもので、私の写真撮影の歴史の中でも初期の頃の記録です。

撮影技術もなにもあったものではなく、ネガの保存状態も悪かったためいわゆる「鉄道写真」としては見られたものではありません。
しかし今から33年前の開業から10年ほど経過した新百合ヶ丘駅周辺の様子がわかる、ある意味資料的価値もありそうなものだったので今回公開してみることにしました。


小田急小田原線 新百合ケ丘駅 1番ホーム 準急本厚木行き 5200形
1984新百合ケ丘_01
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

まずは新百合ヶ丘駅1番ホームに停車する5200形準急本厚木行きです。
現在「小田急アコルデ新百合ヶ丘Ⅰ」が建っている場所は長らく空き地でこのように1番ホームに停車する電車の姿が見られました。
当時の小田急線ホームの発光式駅名板は「黒地に白抜き文字」でしたね。


小田急多摩線 新百合ケ丘駅〜五月台駅間 2400形
1984新百合ケ丘_02
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

柿生駅側に移動してきて撮影したのは2400形で運転されていた多摩線の各駅停車。
この当時の多摩線は高規格なわりに一時間あたり4本の運転、無人駅の存在など地方ローカル線のような存在でした。
今のように特急や急行が走るなどとは想像もつかない時代です。
背後に見える建物は麻生区役所で翌年開設された図書館の建設工事中の様子も確認できますね。


小田急小田原線 柿生駅〜新百合ヶ丘駅間 各停新宿行き 4000形
1984新百合ケ丘_03
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

跨線橋を渡って反対側に移動、柿生〜新百合ヶ丘間の上り勾配を駆け上がってきた旧4000形電車を撮影。
非冷房とディスクブレーキという外観的特徴から目立つ存在でしたが、冷房化が進み始めた当時の夏場は敬遠された方も多かったと思います。
また釣り掛け駆動のモーター音が特徴的だったそうですがあまり記憶に残っていません。


小田急小田原線 柿生駅〜新百合ヶ丘駅間 各停新宿行き 4000形
1984新百合ケ丘_04
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

振り返って後ろ姿を撮影。
だだっ広い何もない新百合ヶ丘駅周辺の、このころのイメージが強く残っている方も多いでしょう。
空が広いです。


小田急小田原線 柿生駅〜新百合ヶ丘駅間 急行新宿行き 2400形+8000形
1984新百合ケ丘_05
◆ 撮影日:1984/08 OLYMPUS TRIP 35 D.Zuiko 1:2.8 f=40mm/Nikon COOLSCAN IV ED

最後はなんということはない2400形の写真です。
このコマはカビや傷が多く絵柄的にも面白くなかったのでスキャンしないつもりでしたが、今回ルーペで拡大してよく見てみました。
当時少なくなりつつあった本線上を走る急行運用に入った2400形で、しかも小田原方の編成は当時最新鋭の8000形という組み合わせでした。
かつては珍しくもなかった中型車と大型車が併結された急行列車でしたが(それゆえに新宿駅での乗車位置表示が複雑だった)自分の記録の中では唯一の写真だったようなので、手間はかかりましたが現代の技術で復元、公開してみました。


というわけで今回はここまで。
この時はフィルム一本分撮影しているので次回以降続きを公開していこうと思います。





さてこれにて2017年の記事更新は終了。
更新率が低い当ブログですが、過去に掲載した写真が鉄道誌に掲載されたりとなかなか変化のあった2017年でした。
なんとか月一回の更新を保ってやってきましたが、来年は月2件以上の記事更新をしたいなぁと思っています。
今年一年ご覧になっていただいてありがとうございました。
来年もよろしく願いいたします。

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すんや

Author:すんや
過去に撮りためたアナログ写真をフィルムスキャナーでデジタイズしアップロードする、アルバムと備忘録を兼ねたブログです。

一度はボツになった写真や、現像ムラ・カビ・キズなどで劣化した写真を現代の技術でどこまで復活させられるか?

アップする写真は基本的に鉄道写真か風景写真です。


中国五羊本田製バイクCGL125のブログをはじめました。
CGL125 あれこれ