第152回 2003年の大崩海岸 旧石部隧道 その1 平成15年

今回は2003年の正月に訪問した静岡県の大崩海岸・旧石部隧道の写真をアップします。
今ではネット上でもすっかり有名になったこの地ですが、当時「鉄道廃線跡を歩く」という本に載っていた一枚の写真を見ていつかは行ってみたいと思っていた場所でした。
新年早々の正月三が日内でしたが、たまたま時間ができたのきっかけに現地へと車を走らせました。
(旧石部隧道についての情報は今や私が語るまでもないので興味のある方は調べてみてください

地図を確認し大体の場所は把握していましたが現地に着いたところで具体的なルートがわかりません。
当時は国道150号線だった大崩海岸ルートの海上橋とそれに続く隧道の間にあったスペースに車を停め、焼津方面を眺めてみるとその場所はすぐ判明。
設置された波消しブロック群に続く狭い海岸線を抜ければ目的の場所にたどり着けそうです。


静岡県静岡市 大崩海岸 東海道本線 旧石部隧道付近
200301大崩海岸_01
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

今では旧石部隧道の直上にある道路脇から降りて行けるようですが、当時はそんなルートがあることも知らなかったので海岸沿いを歩いて進みました。
浜にはすでに(釣り人と思われる)先客の足跡が刻まれ、これのおかげで多少の不安感を拭うことができました。
というのも波に洗われた海岸線の狭さと廃墟へ向かうという状況、さらに早朝の薄暗い曇天の空模様も相まって不安感を感じるのに十分なほどの条件が揃ってからです。


静岡県静岡市 大崩海岸 崩れ落ちた旧石部隧道抗口
200301大崩海岸_02
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

いよいよ近づいてきた「あの景色」。
まだ全容はわかりませんが期待と不安感が高まります。
遠目でもそのスケール感を感じることができた、崩れ落ちた旧石部隧道の抗口。
人一人分の高さなんてものではすまないレンガの塊がそこにはありました。


静岡県静岡市 大崩海岸 旧石部隧道抗口付近から用宗方面を望む
200301大崩海岸_03
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

一旦来た道を振り返ってみます。
波がそれほど荒れた様子でもなかったからいいものの、断崖絶壁と海に挟まれた全く逃げ場のない、ここまでの道中は決して安心して歩けるようなものではありませんでした。
果たしてあそこまで無事帰りつくことができるだろうか?などと不安感を感じつつも、新潟と富山の県境にある「親不知」にも似た光景に心を奪われていたのもまた事実。


静岡県静岡市 大崩海岸 旧石部隧道抗口付近から焼津方面の消失した路盤跡
200301大崩海岸_04
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

さらに進むと崩れ落ちた抗口ののおかげで一旦は海から隔てられて安心感を感じられますが、これほどの塊を破壊してしまうほどの波の威力ですから油断は禁物です。
手前に見える誰かの靴のおかげでスケール感を感じられるでしょうか。
目の前のレンガの塊はトンネル抗口の側壁かあるいは天井だった部分かもしれません。


静岡県静岡市 大崩海岸 2003年当時の旧石部隧道抗口の様子
200301大崩海岸_05
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

振り返ってみると今回の目的だった場所が目の前に。
波による侵食で地盤から崩れ落ちた旧石部隧道の下り線側抗口です。
誰が設置したのかいずれ崩れ落ちる運命にある残った抗口を支える細い木材の数々。
所々に亀裂が入りすぐにでも崩れ落ちそうな危うさがあったためトンネルに近づくことはしませんでした。
(その後残った上り線側抗口も崩れ落ち現在も崩壊が進んでいるようです)


静岡県静岡市 大崩海岸 崩壊した旧東海道本線路盤跡にあった暗渠の跡
200301大崩海岸_06
◆ 撮影日:2003/01 Nikon F5 AiAF Nikkor 28mm F2.8D

崩れ落ちた抗口の様子を遠目から撮影するためさらに西側へと歩を進めます。
途中にあった暗渠と思われる構造物。
ちょうどこの辺りは谷筋になっているようなので水抜きのためなのでしょう。
この時の撮影から15年以上が経過し現在も残っているのかわかりません。





次回は波の侵食により崩れ落ちた旧東海道本線の路盤跡の様子などをアップしてみようと思います。


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コメント 2

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風旅記  

こんばんは。
大変興味深く拝見しました。
私はあるサイトでこの廃線の存在を知り、どのような場所なのかと興味を持っていました。
水の浸食の力は、こうして破壊された後の姿を見れば本当に怖くなります。
それを十分に知っている筈なのですが、その時代の土木技術の問題、地形・地質の問題、そしてコストの問題で、海際に敷かれた線路は数多くあります。普段ならば風光明媚な車窓を楽しむ場所も、放置すればこうなる、ということですね。
下部がえぐれ、細い木で支えられたトンネルポータル、その異様な姿に見入ってしまいました。
風旅記: https://kazetabiki.blog.fc2.com

2019/07/04 (Thu) 21:04
すんや

すんや  

風旅記さま

コメントありがとうございます。
やはり管理されていないと崩壊が進んでいきますが、それにも増してこの場所の過酷な環境の影響も大きいようですね。
当時の土木技術では長大なトンネルを掘るよりも最短かつ地形に沿った路盤をつくるのが常識だったんでしょう。
そのおかげで素晴らしい車窓を眺める事ができたりしますが、現在は安全面から風光明媚な車窓が減っていくのは残念ですが致し方なしといったところでしょうか。

2019/07/04 (Thu) 22:46

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