第49回 小田急線 通勤形特集 昭和60年

小田急線 百合ヶ丘駅〜新百合ヶ丘駅間  2600形 各停 本厚木行き
198505新百合_2600形
◆ 撮影日:1985/5 PENTAX MX / smc PENTAX-M 100mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

第49回は前回の「ロマンスカー特集」から引き続き、小田急線の百合ヶ丘駅〜新百合ヶ丘駅間の歩道橋から撮影した通勤形車両の写真を特集します。

形式番号の若いものから順にということで、まずは2600形です。
1964年〜2004年まで40年間活躍した形式だそうで、小田急では初の20m級大型車両です。
ダークブルーとイエローの塗り分けで登場し、冷房化やホワイトにブルーの帯の現行塗装に変更されるなど時代とともに変貌を遂げてきた車両ですね。


小田急線 百合ヶ丘駅〜新百合ヶ丘駅間  4000形 各停 経堂行き
198505新百合_4000形
◆ 撮影日:1985/5 PENTAX MX / smc PENTAX-M 100mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

続いて4000形です。この頃の小田急ではすでに少数派になった非冷房の車両ですが、この後冷房化や様々な改造をされ2005年まで活躍しました。
非冷房ゆえに夏場などは側面窓を全開にする様子が多々見られましたが、今考えると少々怖いですね。


小田急線 百合ヶ丘駅〜新百合ヶ丘駅間  5000形 急行 相模大野行き
198505新百合_5000形
◆ 撮影日:1985/5 PENTAX MX / smc PENTAX-M 100mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

つい2年ほど前まで活躍していた5000形です。こちらも側面窓が2段式ですが、後年全開にできないように改造されたようです。


小田急線 百合ヶ丘駅〜新百合ヶ丘駅間  5200形 準急 本厚木行き
198505新百合_5200形
◆ 撮影日:1985/5 PENTAX MX / smc PENTAX-M 100mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

こちらはいわゆる「小田急顔」と言われる前面デザインの最後の形式となる5200形です。
9000形登場後に増備された車両で、側面窓が1段下降式になるなど9000形に準じたデザインになっています。
5000形同様、2012年をもって引退しました。


小田急線 百合ヶ丘駅〜新百合ヶ丘駅間  8000形 急行 箱根湯本/江ノ島行き
198505新百合_8000形
◆ 撮影日:1985/5 PENTAX MX / smc PENTAX-M 100mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

1982年に登場した8000形は9000形と共にそれまでの小田急車両とは大きく変わった前面デザインが採用されました。
この形式は様々なリニューアルを施され現在でも活躍していますが、ステンレス車両全盛の中で小田急通勤形車両の中では最後に残った全金属製車体です。
こちらはイベント用に特別な塗装を施され、「小田急走るギャラリー ポケット号」のヘッドマークが取り付けられていました。


小田急線 百合ヶ丘駅〜新百合ヶ丘駅間  9000形 急行 新宿行き
198505新百合_9000形
◆ 撮影日:1985/5 PENTAX MX / smc PENTAX-M 100mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

それまでの小田急通勤形車両と異なり奇抜な前面デザインで人気の高かった9000形です。
1972年登場で営団千代田線との相互直通運転のために導入された車両で、1988年の1000形登場後は地上用としての運用に変更され、2006年に惜しまれつつ引退しました。





※撮影日が5月となっていますが、乗務員の制服が半袖姿なので夏場の撮影かもしれません。
ネガ袋に記載されていた日付が5月となっていたのでこのような記載になっていますが、間違っている可能性があります。


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コメント 4

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村田良雄  

小田急9000形

小田急の9000形も5000形より車体や千代田線乗り入れ時代からの台車の老朽化や痛みが激しかったり、下手物化してみたいですね?小田急ファンも5000形より9000形の方が老朽化が進んでるから廃車しろとの声もありましたね?

2016/01/17 (Sun) 03:21

すんや  

Re: 小田急9000形

コメントありがとうございます。
9000形が淘汰され始めた頃、5000形より先に廃車が進むのは何でだろう?と不思議に思うこともありましたが、地下鉄への乗り入れが老朽化の影響として大きかったのかなと思ったりもしました。
典型的な小田急顔の5000形ですが、9000形登場後に製造された車両もあったそうなので長生きだったのは納得の行く話しですね。
当時から小田急の中では奇抜なデザインだった9000形は好きな車両の一つです。

2016/01/17 (Sun) 18:33

風旅記  

おはようございます。
小田急線は沿線から暫く離れている内に大きく変わってしまい、今では“感覚”のようなものがつかめなくなってしまいました。
こちらのお写真の車両、詳しい形式は分からなくとも、私の中でのまさに小田急のイメージです。
独特な前面のデザインは、青帯と併せて、一目で小田急の車両だと分かるものでした。
幼い頃に見ていた、下北沢駅の古く迷宮のような造りや、世田谷の静かな街並みの中を走る姿が、今になって見れば、複々線の高架や地下線になり、車両も殆どがステンレスのものになって、新宿から乗ってぼんやり車窓を眺めていてもどうもしっくり来ません。
線路や車両が変化してゆく過程を見ていないために、自分の中で過去と現在が切れてしまっているような感覚です。
懐かしい思いでお写真を拝見させて頂きました。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

2018/01/24 (Wed) 09:21

すんや  

風旅記さま

コメントありがとうございます。

世代によって異なる感覚ではありますが、私にとってはこれぞ「小田急」を象徴する車両というイメージですね。
営団6000系のステンレス車両が珍しい当時でしたが、かつて大多数を占めていたアイボリー塗装の列車は8000形のみとなり、時代の流れを否応なく感じさせられます。

高架複々線化ですっかり変化してしまった小田急線沿線ですが、過去の写真を見ると当時の記憶が鮮明に思い起こされるのは不思議な感じがしますね。

2018/01/25 (Thu) 21:40

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