第63回 東武鬼怒川線 新藤原駅 その3 昭和61年

東武鬼怒川線 新藤原駅
198603新藤原駅旧ホーム_02
◆ 撮影日:1986/6 PENTAX LX / smc PENTAX-M 35mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

すっかり放置してスミマセン。またしても月末にギリギリの更新です。
今回は新駅舎建設中の新藤原駅旧駅舎の様子を中心にお送りします。

一枚目はわずかに残る旧一番ホームです。
折り返し浅草行きの快速列車の乗務員でしょうか、次の仕事までの間ゴルフのスイングをするというホーム上ではよく見られた光景がありました。


東武鬼怒川線 新藤原駅
198603新藤原駅旧駅舎_01
◆ 撮影日:1986/6 PENTAX LX / smc PENTAX-M 35mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

改札では駅員と地元客と見られる方の談笑風景と、ローカル駅ならではの風景が見られました。
(ここまで撮影月を3月としてきましたが、「全国安全週間」の看板の日付が6月〜となっていますね。写っている人たちの服装が半袖ですし、当時ネガを整理した時にに記載した日付が間違っていたようです。)


東武鬼怒川線 新藤原駅
198603新藤原駅旧駅舎_02
◆ 撮影日:1986/6 PENTAX LX / smc PENTAX-M 35mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

次の列車に乗車する地元の方を乗せた送迎の車が狭い駅前にやってきてちょっとしたにぎわいを見せています。
奥には建設中の新駅舎が見えます。


東武鬼怒川線 新藤原駅
198603新藤原駅旧駅舎_05
◆ 撮影日:1986/6 PENTAX LX / smc PENTAX-M 35mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

古い木造の駅舎というのは、何となく暖かい雰囲気があって良いものですね。
絵になります。

この後徒歩で「龍王峡」へ行きいろいろと撮影をしてきました。撮影していたときはなかなかの出来と思った写真も、出来上がりを見るとつまらない風景写真ばかりだったのでここでは割愛することにします。





東武鬼怒川線 新藤原駅
198603新藤原駅工事中_03
◆ 撮影日:1986/6 PENTAX LX / smc PENTAX-M 35mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

龍王峡での撮影を終え再び新藤原駅に戻ってきました。
建設中の新藤原駅新駅舎が見えます。
手前では自転車でここまでやってきた人たちが自転車を分解し輪行袋へ収納しているようです。

建設中の新駅舎ですが、ここだけ見るとなんだか解体現場のような乱雑さですね。


東武鬼怒川線 新藤原駅
198603新藤原駅工事中_04
◆ 撮影日:1986/6 PENTAX LX / smc PENTAX-M 35mm F2.8 / Nikon COOLSCAN IV ED

3時の休憩に入る作業員の方々と入れ替わりに、駅には次の列車に乗車するお客さん達が次々とやってきました。
龍王峡での撮影を終え我々も帰路につきます。

次回は旧駅舎の改札内の様子などをお送りします。
新藤原駅シリーズも次回で最終回です。


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風旅記  

こんにちは。
今日は、東武鉄道の4回の記事を楽しませて頂きました。
国が日本中のあちこちに鉄道路線を延ばし、山奥へ、海を越えてと、国力を割いていた時代がありました。それもさすがにままならなくなり、建設途中の新線までもが放棄されようとしていた頃、まだ鉄道は、その沿線にとっては期待の集まる存在だったのだろうと感じています。
初めて野岩鉄道の列車に乗ったとき、山深く雪の積もった車窓に、感動と共に、こんなところにも鉄道を敷いたのだと驚いたのを今でも覚えています。
時が経ち、お写真の頃にはピカピカだった車両も少しずつ役割を終えたものも出てきて、今時の斬新なデザインの特急が走り始めたのを知り、また時代が移ろったのだと実感しました。
既存のローカル線の小さな駅の先に線路が伸びようとしていたお写真の頃、きっとワクワクする気持ちだったのではないでしょうか。
私鉄を乗り継いで、東京から会津まで旅ができるというスケール感、今でもその魅力は薄れていないものと思います。多くの人に愛される路線であって欲しいと願いますし、私もまたいつか訪ねたくなりました。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

2018/02/10 (Sat) 16:51
すんや

すんや  

風旅記さま

コメントありがとうございます。

昭和末期のこのころは鉄道がまだまだ交通手段として大いに利用され町へのアクセスは駅を中心にしていた時代だったと思いますが、道路の整備が進み重要性も薄れてきた今日この頃ですね。

首都圏に住むものとして会津へのアクセスといえば東北本線から磐越西線へという流れが当たり前に思っていましたが、これと平行する上に何回かの乗り換えを強いられる野岩線に意味はあるのか?なんて当時は無知ゆえの感想を持ったものです。

同じ会津といえど、奥会津・只見などへのアクセスは若松経由では遠すぎて現実的でないし、小出経由も運転本数も少なく冬季運行が不確実な只見線より、近年会津田島経由+バス路線でのアクセスの容易さがこの地方への経路として確立した感がありますね。

それとは別に鉄道ファンとしてはこの時以来乗車する機会がない野岩線経由での会津若松訪問は果たして見たい思いです。

2018/02/11 (Sun) 21:43

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